2008年2月5日火曜日

時を止めたい。

最初に述べておく、酔っ払いの戯言だ。

素晴らしいものに出会ったときやとても気持ちの良い瞬間、あるいはなんとも和んだ時間だったりするかもしれないが、人は時に「時を止めたい」と思うのではないかと何時も思います。

時間はそれを感じるもの(生物・無生物)に憑くと思いますが、それを如何にして過ごすかは人としては永遠の命題のようなものとしても連銭としてあると思う。要は世代を超えたものってことね。

こんなことは余裕がある人間にしか考えないことであることも重々承知である。明日をも知れぬ生活であればこのようなことは考えないからだ。

大半の人間は自身に幸福を感じたときにその時間を留めておきたいと願う。

これは前もって記載するが、この感情を持った事のある人間は染井屋だけで無いと思うことを記録しておく。

染井屋はその二昔前位に一度だけ不幸のまま時間が止まれば良いと思ったことがある。
それも子供ながらに思ったことで、結局不幸なのかどうか、今となっては判別し難いところがある。
曾祖母の死に年不相応にも憐憫と言うか、一種空虚な感覚を覚えた染井屋は母に向かって
「このままが良い」
と訴えた記憶が今も脳裏から離れずにいる。

今となっては厚顔無恥も甚だしいが、子供ながらに「これ以上悪い事が無いように」と思っていたのだろう。

長々と書いたが要は、人が時間を止めて欲しいと思う瞬間は幸福なときか、不幸がこれ以上大きくならないようにと思ったときである、ということを言いたかっただけなのである。

それでも幸不幸を乗せて時間というものは今のところ前へ進んでいくのだけれどね。

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